不器用人間の思考勉強お楽しみ

全然器用に生きられない私の真面目な事、勉強の事、お楽しみの事を書くために開設したブログです。

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役立たずの苦悩

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仕事では毎日毎日、苦悩をかみしめております。

 

現状の私は、仕事ができないので、とりあえず自習という扱いです。ですが、その自習といっても、やっていることは基礎を抑えたり、ソフトウェアの操作をしたり、などです。

上司の意図としては「どうすれば仕事ができるようになるか」を考え、そのための準備として自習期間を設け、自習をすることによって私が仕事ができると思えるメンタルと技術を手に入れてもらうということでした。

この判断自体に間違いがあるとは思いません。むしろ、仕事をしていないのに、自習期間として匿ってくれていたことには感謝しかありません。

 

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ただ、結局、分からないことを分かるようになるために出来ることが分からない、つまり何を勉強したら状況がよくなるのかが分からない状態であったため、この自習期間は長引いて行ってしまいました。

 

そして、現在は、仕事に精神・気力を削られるような毎日を送っています。何をしているわけでもないのに、緊張し、体は強張り、体温を維持できない。それだけで、疲弊しているような毎日を送っております。

 

そんな無駄に時間を浪費している男の、仕事上の苦悩をダラダラと書いていきます。

 

 

 

 

仕事をしていないということに対する申し訳なさ

 

 当然ですが、会社は仕事をして利益を出す人、それを支える人によって構成されています。

ところが、今の私は、そのどちらにも貢献しておらず、ただ、給料を食んでいる無駄飯ぐらい、給料泥棒状態です。

 

そして、何もしていなくても、給料だけは入ってくるという環境に、甘んじ始めているのも事実ではあります。サボってても金は入ってきますから、わざわざ何かをする必要もないじゃん、という感覚になってきてしまっているのです。

 

それでいて、「儲けた儲けた」と高笑いできるほど、私も悪党ではありませんでしたし、定期的に上司から釘を刺されていたことから、そこまで落ちることはありませんでした。

 

だから、周囲に対する申し訳なさについては、もちろんあります。なので、同僚や同期が仕事をしている話を聞くと、罪悪感に苛まれます。

 

 

特に、同期がしっかりと仕事をしているという話を聞くと、それだけで胸が痛みますし、目をそむけたくなります。そこから目を背けようとするからダメなので、本当は背けないで、直視し続けるだけでも、いいのかもしれません。

 

上司との人間関係

 

上司は全く悪い人ではありません。むしろ善人で、愚図な私にキレることなく、辛抱強く、それでいて細かく指導をしてくださいました。

 

ただ、細かいことにまで気の配れる上司と、どちらかというとボーっとしている私では、意識できる事項の数や精度が違いすぎました。

 

「ここも違う」「あそこも違う」「これじゃ伝わらない」「言葉遣いがおかしい」と細かく指導されているうちに、私は、自信を喪失してしまいました。そして、アドバイスを極端に恐れるようにもなってしまいました。

 

さらに、そうでなくとも、それ以前に大きな失敗経験がなく、他人から指摘やアドバイスを受け取ることに対する精神的な耐性がついておらず、指摘に対して、過剰に恐怖してしまう傾向がありました。

 

www.domustox.com

 

まさにゆとり世代の賜物と言うべき軟弱メンタルの持ち主というわけです。 

 

今では、多少は上司の指摘には耐性がついてきました。ある程度、素直に物事を受け止められるようになってきています。

 

ただ、それでも、上司に答えを求められると、緊張してしまいます。特に、口頭で質問をされて、それに答えた時に指摘を受けるのは、やっぱり怖いところがあります。

 

上司は即座に、私の回答に抜けていた視座を指摘します。その時、私はぐうの音も出ないほど論破されてしまいます。

なので、答え辛い質問には黙ってやり過ごしてしまおうということも何回もありました。心の中である程度、答えは決まっているにもかかわらず、それを出力することで何かを言われてしまうのが恐ろしいからです。

それなら、黙っていて、相手から出てくる「模範回答」を待っていた方が楽だと思ってしまうからです。

 

口頭での回答に対する指摘を恐れるという点では、 全然耐性が着いていないと、反省する次第でした。

 

同僚と比較しての劣等感

 

同僚は先輩も後輩も優秀で、上司の話についていけています。私は、上司と話していても、内容についていけないどころか、話が若干かみ合わないというときもあります。

 

仮に上司との関係を抜きにしても、先輩後輩の優秀さ、真面目さは私よりもはるかに高く、それぞれに、仕事に対して真摯に取り組んでいます。

 

後輩の方が私より優秀ですが、実力差がありすぎて、今更いびる気にもなりません。後輩は自分の人生の中で、私にはできなかった努力をきちんと積み上げて今の実力を手に入れたはずです。なので、後輩のことは素直に尊敬しています。

 

さらに、私が一度の失敗でめげて音を上げてしまったことに比べて、二人は根気強く仕事を続けています。

 

部署の内容が革新的で、ちょっと調べればわかりやすい解説がインターネット上にごろごろしているという分野ではありません。

だから、自分は自分の才覚を活かせていない、と言い訳することは、できなくはないと思います。多くの人が、私の上司のもとを去っていることからも、それは一つ、間違いないことかもしれません。

 

将来への不安

 

現在は、もう自分では考えられないとして、異動や処遇に関する話を上司や人事に放り投げてしまいました。

 

ただ、結局、それ以前も今も、先行き不透明という状態は変わっていません。社からの神判が下った時、自分はそれにきちんとついて行けるのかという不安もあります。

おそらくその神判は、遅くとも来週には(おそらく今週中には)下るでしょう。その時「どうする」と改めて問われた時、私は何と答えるべきなのか。決心がついていません。

 

だからといって辞めてしまって、転職するにしても、悶々としていただけで経験のない新卒2年目がどうすればいいのか。まったく思いもつきません。

 

コンビニでアルバイトぐらいできるっしょ、などというのは甘い考えです。そんな風に他人の仕事を易く見ていると、確実にその職場で足元をすくわれてしまうでしょう。

 

そう考えると、転職などを考えることも、かなりの恐怖になるのです。

 

 おわりに

今日も思考がきちんと回っておらず、駄文になってしまい申し訳ないという気持ちでいっぱいです。

 

会社のことについては、「もう頑張れない」という現実を直視しなければと思い始めています。

むしろ、「もう頑張れない」という思いを現実として認知していること自体が、諦めモードに突入していることの証といえます。

 

それでも、入社当初は「どんなことでも楽しんで勉強してやってやるぞ!」と息巻いていました。しかし、その初心を忘れ、自分の殻にこもり、うめくだけになってしまった自分が情けなくはあります。

 

何とかしたい。何かが1つ変わることで、何かが好転してほしい。今の気力の無い自分では、現実を動かすことができないため、祈ることしかできない。

神を信じていない割に、祈るしかできない自分が情けない次第です。