不器用人間の思考勉強お楽しみ

全然器用に生きられない私の真面目な事、勉強の事、お楽しみの事を書くために開設したブログです。

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仕事の嘆きを語らせて

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さて、今日も仕事で散々怒られたことについて、書いて行こうと思います。

 

自分の中でも整理がついているようで着いていない、悶々としたものを抱えて、それを吐き出しながら書いているので、何がどう転ぶかはわかりません。なので、そこはご容赦下さると幸いです。

 

これは、どちらかというと自戒の意味も込めて書いており、あまりよそ様が読んで楽しいと思えるものではないとは思いますが、自分なりに精いっぱい書かせていただきます。

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長らく仕事ができる精神状態ではない、ということで、半ば休職状態でずるずると着てしまいました。

 

 

また会社辞めたくなってきた

 

7月や9月にも、猛烈に会社を辞めたくなった時期がありました。

そのころは、とにかく上司に指摘されることが嫌になり、また、自分の無力感が情けなかったためです。

 

2カ月おきぐらいに会社辞めたい気持ちが強まるのは、2カ月おきぐらいに上司にあれこれ言われていたからです。

11月頭にも結構色々と言われたのですが、そのころから、神経が鈍ってきたのか、気にならなくなってきていました。

 

しかし、今日になって、またさらに色々なことを一気に言われ、気分は落ち込みました。

落ち込み方は、以前のような激しさは無くなってきました。自分の中で諦めが生まれてきてしまったからではないかと思っています。

 

今日の上司の態度は、どこか投げやりで、もはや諦めていたかのようにも感じられました。さすがに鈍い私でも、上司の許容範囲を下回り始め、人間的な信頼関係が破綻し、もはやどうしようもないと見放されかけているということをヒシヒシと感じ始めています。

 

 

だからといって、私自身に焦りはありません。「別にこの会社じゃなくても暮らしていける」という特に根拠のない自信が愚かにも私を支えているのです。

 

会社で守られながらすら仕事の出来なかった人間が、いきなり社会に放り出されて何をするというのでしょうか。今自分がいない場所でなら、自分はもっと輝けるなど、愚かにもほどがあります。

山のあなたには、今いる場所と同じような場所しかありません。

 

それなのに、自分がいないところでなら自分は生きていけると無謀にも考えている自分がいるのが、情けないです。

 

今思うと、7月や9月の泣きたくなるほどの強い感情を仕事に対して抱いているころに、もっと頑張っておけばよかったと思います。

 

「自分のことしか考えていない」

 

これは上司から散々言われている言葉です。こんな言葉を言われるような人間だと聞けば、多くの方は私がろくでもない人間であると想像できるでしょう。

 

確かに私は、他人のことを考えるのが苦手です。自分の思いついたことを、自分の出来る・調べられる範囲のやり方でやってきました。

他人のニーズを把握したりすることも苦手で、コミュニケーションで行間を読むのもあまり得意ではありません。

 

そんな人間がブログを書いて、文章でお金を得ようなどというのは変かも知れません。それもその通りで、SEOやキーワードやニーズを把握して記事を書くのではなく、書きたいことを書く、それだけのブログになってしまっています。

 

そのことが積もり積もって、上司に「自分のことしか考えていない」と言われる始末になってしまいました。

 

実際、これを言われた時はショックでした。ただ、今まで上げてきた通り、確かにそれは正しいのです。

他人のことよりも、自分のことを突き詰めていきたいという欲求が強い。

 

今までは、なんとなくでも周囲の要求に応えられていました。

今は、高い要求に手も足も出ず、ただ会社の足手まといになっているのが実情です。

 

足手まといになっているということは、誰かがフォローしてくれているということであり、それは、直属の上司であったり、私がやらなかった仕事を引き受けてくれた同僚達でもあります。

 

直接的に人間関係のない同僚は私に迷惑をかけられているという自覚はないでしょう。ですが、そう言った人達に迷惑をかけているにもかかわらず、その期間が長く続いてしまっている。

それに対して、何とかしようと必死で頑張れない時点で、「他人のことを思いやれない」と言われているのも仕方のないことだとは思います。

 

わからないままできてしまった

私は「分からない」と思うと、そこですべての思考が止まってしまうタイプです。

 

もちろん、調べて試して、が通用する範囲ならば問題ありません。むしろ、時間をかけて調べて試してを繰り返すことを楽しめるタイプです。

 

しかし、結局、仕事で要求される高いハードルに対応しきれず、「よくわからない」を突き詰めて考えられず、そのまま放置してきてしまったことが、「仕事ができない」の事態をここまで悪化させてきてしまったのだろうと思います。

 

「よくわからない」は自分の中にあることで、何が分からないかは、自分にしか分かりません。そして、それを洗い出して、どうやったらそれが分かるようになるかも、分からないまま、ここまでたどり着いてしまいました。

 

調べても調べてもよくわからない。調べて、これでいいと思った結果も、穴があり、抜けがあり、その抜けがどうやったら埋められるかもよくわからない。

 

なぜ今やっている仕事に限ってこんなにダメなのか、まるでわかりません。

周囲の人に聞くという積極性が無かったことがダメだったのかもしれません。

 

理由は色々と思いつきます。

 

ただ、カウンセリングを受けたり、メンタルクリニックに行ったり、有識者に相談しても、結局答えは見つからず、自分はできる範囲のことをやっていくしかないのかな、と思っています。

 

それは、結局、レジ打ちや清掃などの単純労働で生き抜いていくしかないのかな、ということです。レジ打ちだって、プレッシャーに弱く、人当たりも良くない私に向いているとはいいがたいですが。

 

終わりに

 

なんだかどれについても歯切れの悪い終わり方になってしまいました。

このまとまりきっていないし、結論も出ていない状態が、ずっと続いているのが、今の私です。

 

どういう決断でもいいから、何かを決めて、前に進む。それがいいのかもしれません。

 

たとえそれが、屈辱的な選択だったとしても。