不器用人間の思考勉強お楽しみ

全然器用に生きられない私の真面目な事、勉強の事、お楽しみの事を書くために開設したブログです。

仕事をしたい!

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ここ最近、こういう短いタイトルの記事ばかりあげています。

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それはさておき、今日は仕事をしたい、と思いました。

 

ハッキリ言って何かがおかしい発言であることは自身も理解しております。

 

会社に勤めており、立場上は仕事をしております。しかし、実際には、実力不足で、後方支援ばかり。その後方支援も上手く行かず、毎日毎日怒られて、死にたくなったり辞めたくなったりと不安定な毎日を過ごしていました。

 

指示された、ひたすら上司の顔色をうかがいながらやりきるだけ。しかも、やったところでどうせ上司には怒られる、と内心不貞腐れたような勤務態度。

 

そんなんでまともな仕事ができる訳ありませんでした。

 

何故突如そんなことを思ったか

 

それは、会社に出社したからです。ここの所ずっと在宅勤務で、家に閉じこもっておりました。で、今日は予定通りの出社日だったので出社しました。

気分は最悪でした。前日の作業について上司にお小言を喰らい、それについて弁解したところ、(弁解の仕方をマズって)上司のお怒りに触れてしまいました。

 

なので、顔を合わせた瞬間にブチ切れられるんじゃないかと思って冷や冷やしながら出社しました。(幸いにしてブチ切れられずには済みました

 

それで、改めて会社のオフィスを見てみると、みんな仕事してるんです(当たり前です)。時折、軽口を叩いたりしながらも、皆自分の技術を誰かから当てにされて、仕事をしているんですよね。

 

それをみて、今更「仕事したい」と思いました。

自分の技量を他人から当てにされて、その期待を背負って他人のために頑張るって、それだけでも十分かっこいいことだと思います。

 

面白いのは、別に今日が初出社だったわけではありません。先週も先々週も、毎週水曜日には出社しています。

それなのに、オフィスを見回して気付いたのは今日。なんで今まで気づかなかったのかもよくわかりません。

 

ただ、今日は徹底的に落ち込んだせいで、かえって良いように世界が見えたのかもしれません。

 

仕事って社会の役に立つ

仕事は誰かのためにやるものです。
最近では「良い物さえ作っていれば売れる時代ではない」とマーケティング重視な発言の相次ぐ時代です。
でもやっぱり、良い物を作るってそれはそれで素晴らしい事なんですよね。それが他人に感謝されるようなものであればなおのこと素晴らしい。

もちろん、良薬は口に苦しで、善を貫こうとすることで、他人から恨まれるようなこともあります。
改善だとか、改革だとかそう言うことを言うと、既存の人達からの反発は避けられぬものでしょう。なので感謝が絶対的基準とは言えません。

確かに、仕事は金を受け取るためにやることです。仕事をしたんだから対価を受け取るのは正当な権利です。他人が幸せならば金は要らないと言えるほどの余裕は、私にはありません。

別に凄いことをしなくてもいいと思います。
物流関係の方々は、この暑いなでも重い荷物を戸口まで届けてくれます。戸口まで来なくとも、スーパーの豊富な品ぞろえは、物流業界の方々の努力のおかげです。

仕事としては立派ですし、私もその恩恵にあずかっています。


世の中には大して役に立たないどころか、人様の金を強奪するような仕事もあります。ただ、幸いにして私の会社はそう言った企業ではありません。当然、様々な善悪があるので、私の会社も場合によっては、既得権益層として利益を享受し続けているとみられてもおかしくはないのですが。

 

ここ最近、仕事が上手く行っていないせいで、仕事で社会に貢献する、という気持ちを忘れていました。

そのせいで、寄付やボランティアに興味を持ったり、店で買い物をすることで精神的な満足感を得ていたりしてました。

 

でも、実際には、仕事で社会貢献すればいいじゃん、ということに気付きました。

 

もちろん、言うは易しです。気持ちを少し入れ替えたからと言っても、覚悟が無ければ、仕事ができるような人間にはなれません。

 


自分勝手なクリエイター指向を反省

 

仕事を他人のためにきっちりやるという気持ちを持った時には、自分のクリエイター指向を反省しました。


私はどちらかと言うとマイペースで、好き勝手に物を作るクリエイター志向な人間です。小説や絵なんか書いて、生計を立てようとしている男です。

「読者何か知ったこっちゃねぇ、俺はやりたいようにやるんだ!それを貫いてりゃいつか何とかなるわ!」
なんてことを息巻いております。

それはそれで将来成功するから良いでしょう。ただ、足元に目を向けると、会社の仕事でも、さんざん、情報の受け取り手のことを考えろ、と口を酸っぱくして言われていました。

そのことは今までも意識してきたつもりです。ただ、その意識の仕方が、まだ足りなかったのかな、と思い始めました。

今までは、相手の情報を分析して、相手が持っていない知識や情報を提供できるように資料を作るようにしてきました。(このように書くとさも出来ているかのように見えますが、いまだに全然できておりません)

もっと相手を想像した方がいいのかなぁ、と思いました。
それは相手の知識や能力、頭脳レベルを推測するという行動レベルの話ではなく、もっとも相手のことを思いやるという気持ちベースのことです。

もちろん、相手の情報を推測して行動することは必須です。ただ、それをする前に、相手を一人の人間として「こう書かれたらイライラするだろうな」とか、そんなレベルの想像をした方がいいんじゃないかということです。

言葉にまとめるのが難しくて、まとめ切れておらず、申し訳ありません。

ただ、相手のことを考えると言った時に、「相手の情報を分析する」ということだけじゃなく、もっと砕けたレベル「相手がこれを読んだ時にどんな顔するかな」という想像に頭を使ってもいいのかもしれないと思ったのです。

相手を感情のある人間だと思い、行動することで、相手を思いやりやすくなれるのではないだろうかと思いました。

もちろん、そんな考え方ひとつで何もかもが解決するなんてことはあり得ません。

 

 

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