少し遅れてしまいましたが、アニメ進撃の巨人第69話 『正論』のレビューをしていきたいと思います。
すべてが不安と困惑の為に用意されたかのような、壮絶な1話でした。私が今後見るアニメでも、ここまで不安と困惑に飲み込まれる回はもう出会えないのではないかと思えるほどの出来でした。
あらすじ
物語は2つの時間を行き来しながら進んでいきます。
1つは現在。マーレを急襲し、エレンは戦槌の力を得て、ジークを捕獲、サシャが撃ち殺された後。
エレンは鏡に向かって「戦え」とつぶやく。エレンの仲間たちはサシャの訃報に際してエレンの取った態度「笑った」を巡って不穏な空気を漂わせます。誰もエレンの真意が理解できない。そもそも、エレンが暴走し、マーレに単独潜入しなければ、調査兵団はマーレに急襲を仕掛ける必要もなければ、サシャが死ぬこともなかった。
そう言った不穏な空気が104期訓練兵団の同期たちの間に漂い始めます。
もう1つは2年前。
暗躍するジークを仲介として、ヒイズルなる国との国交が樹立されようとしていた。そこでは、ミカサがヒイズルの将軍家の文様を腕に刻んでおり、将軍家の血筋である事が判明する。
しかし、友好的な態度で接するヒイズルの目的は島に眠る特殊な鉱物資源の独占交易だった。その際、壁の中の巨人を解き放つ切り札発動の為、王家の血を引く者を増やすことが提案される。
それは、エレンたちの同期であり女王であるヒストリアに出産を繰り返させ続ける事。そんな「家畜の様な事」を同期であり、友人であるヒストリアにさせる訳には行かないとエレンは憤る。
その一方で、エレンたちは島の鉄道の敷設にも携わっていた。彼らは自らが引いた鉄路の上で、「進撃の巨人」を誰が継承するか、について話し合う。その時、彼らはそれぞれ「自分が引き継ぐ」と和やかに言い合い、エレンも「お前ら友達には長生きしてもらいたいから巨人の継承なんかさせられない」と笑う。そこには、友人同士の和やかでかけがえのない瞬間があった。
エレンの激変に視聴者も戸惑わせる演出
現在と2年前のシーンは少しずつ、交互に取り出されて行きました。
2年前のエレンは、友人であるヒストリアに望まぬ妊娠を強いる提案に憤り、友人には長生きをしてほしいと笑う主人公らしい言動をしていました。
しかし、現在は、独断専行で調査兵団を巻き込み、マーレにも調査兵団にも多大な犠牲を支払わせ、その上で「戦え」とまだ、続きがあるかのように暗い目をする。かつては「長生きしてほしい」とまで言った仲間を巻き込み、死なせ、その死を笑う。
その2年の間に、一体何があったのか。それは、ミカサやアルミン、上司であるハンジですら分かりません。
前のシーズンの最後に、「海の向こうには敵がいる」といい、一人だけ海を楽しめなかったときがありました。また、父親の記憶を継承し、被差別民族・エルディア人としての苦悩を知ることもありました。そういったときから、ずっと暗い目をしていたのかと思いきや、実際にはそうではなかったようです。
この2年の間に、何かがあり、エレンの中で何かを激変させ、その結果、仲間を犠牲にしてもいいと思い、リヴァイに見下げ果てられるほどの人間になってしまったのでしょう。
しかし、それが一体どんな出来事で、いつエレンの身に降りかかったのか、壁内の人々同様、視聴者も一切情報が与えられず、困惑しています。
見事としか言いようがない時間の並べ方
この演出、時系列の並べ方は見事としか言いようがないでしょう。
振り返ってみると、Final Seasonのオープニングは『神聖かまってちゃん「僕の戦争」』であり、映像にはほとんど巨人が登場せず、むしろ、戦争のようなシーンが多く描かれました。
そして、1話から描かれたのはマーレ国と戦争。「島の悪魔どもをぶっ殺せ。でも俺たちは差別されるべきじゃない」という矛盾に満ちた思想を抱えるマーレ国のエルディア人たち。
そこから、エレン及び調査兵団による急襲。今まで爽快感さえ感じていた立体起動装置による急襲は「巨人さえ撃退した最強の戦闘集団」それこそ、地獄からの使者の登場の様にも感じられました。
その上で激変してしまったエレンに対する困惑を煽るかのように2年前の明るい出来事と、現在の出来事が交互に押し寄せてきます。これほど恐ろしいことはないでしょう。
視聴者は、この時系列をグチャグチャにされた演出の中で、作中の人々同様に「一体何が起きたのかまったくわからない」という状態に陥れられているのです。
かすかにふるえる画面
「サシャが死んだとき、エレンが笑った」この真意を、コニーがミカサやアルミンに対して問いただした時、画面はかすかに揺れていました。
これは、その画面に居たミカサも、アルミンもジャンもコニーも誰もが動揺していたからでしょう。
誰もが不安で仕方がない。誰もがエレンが何を考えているのかわからない。そして、そのことをここで追及していてもらちが明かないことを誰もが分かっている。
しかし、2年前に、明るく「長生きしろ」と言ったエレンが、もはや今のエレンと同一人物と同じなのかすらわからない。
そう言った精神的な動揺が、この画面のかすかな揺れから伝わってくるようでした。原作物は、原作を踏襲するため、作画や動き、声優の演技など、評価するポイントが限られてきますが、今回のような「カメラ」 の演出は漫画ではできませんし、アニメでもそこそこ珍しいものだったのではないかな、と思いました。
ちなみに私も、エレンがあのシチュエーションで笑った理由はよくわかっていませんでした。ただ、なんとなく「サシャの最期の言葉がサシャらしくて笑ったのかなぁ」と呑気なことを考えていました。
それがサシャの親やシェフなどならともかく、独断専行でサシャを巻き込み、戦争を作り出したエレンが笑った、というところがことさら異様に受け止められたのでしょう。
なぜエレンが笑ったのか。その真意はいずれ明かされる時が来るのだと思います。今はその時を待つしかありませんね。
終わりに
製作がWITからMAPPAに変更になり、所々で作画や画面の粗が指摘されてきたFinal Seasonでしたが、(原作の流れも踏まえて)神がかった展開になってきました。
細かい所での描写が上手く、エレンの周囲の人々の不安や困惑に、私たち視聴者も上手に巻き込まれてしまっています。
69話はすべての人々が不安と困惑に戸惑わされるために作り上げられた1話と言って良いでしょう。
次回はガビとファルコの脱走回。エレンが激変した理由を知るのはまだ先になりそうですが、この期待と不安と困惑を残したまま、物語は進んでいきます。
来週も楽しみでなりませんね。