不器用人間の思考勉強お楽しみ

全然器用に生きられない私の真面目な事、勉強の事、お楽しみの事を書くために開設したブログです。

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心の安寧を求めて

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さて、先日は勢い余ってこんな記事を書いてしまいました。

 

 

www.domustox.com

 

この記事を書いたのは年末年始休みの直後。今振り返ってみると、休み期間と勤務期間のメンタルへの負荷の差の激しさにパニックを起こしてしまい、こんなことを言い散らしたのだと考えております。

 

その際には、多くの方々に心境を聞いていただき、大変お世話になりました。また、今なお、私のメンタルをサポートしてくださっている方々にも、この場を借りてお礼申し上げます。

 

さて、先ほど簡単に述べた「メンタルへの負荷」について、少し考えてまいりたいと思います。

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勤務におけるメンタルへの負荷は絶大

 

私が会社への勤務から感じているメンタルへの負荷は膨大です。それは、冬休みを挟んでよ~くわかりました。

 

数か月前から

朝起きるのがつらい、朝自然に起きることができない、一日起きようとしているだけでも辛い、食欲がない、ブログや小説を書く気力が無い、休日もなんとなく疲れが抜けない。

などなど、様々な現象が起きていました。

 

週末2日の休みでは、意外と週明けの勤務のことが頭から離れず、それによってさりげなくエネルギーが削られて行ったのだと思います。

 

休み以前はそれが当たり前のことになっており、そのことに対してあまり疑問を感じていませんでした。その中でいかに何とかやっていくかということの方が大事でした。

 

ところがどっこい、長い休みで、ある程度、勤務が先延ばしになり、のびのびやれるようになると、結構重いブログの記事でも書けるようになっていました。

しかも、休み中には「あれも書こうこれも書こうこういうことを書いたら面白そうだ」ということも結構盛んにメモしていました。

今、そのメモを見ると、「確かに面白そうではあるな」とは思うのですが、描く気力は湧きません。

 

こういった、日々思っていることを垂れ流すだけの雑記を描くのが精いっぱいです。

 

私のメンタルにある日を境にそれだけの差が現れれば、それはパニックにもなると思います。昨日まで何でもできると思えるような自信を抱ける日々だったのが、いきなり奈落の底に真っ逆さまというのですから、パニックにもなるでしょう。

 

その勢いで、会社を辞めてやると思うのも道理だと思います(翌日、上司に辞めることを伝えようと覚悟を決めたほどでした)。

 

それでも、みっともないほど他人のお世話になり、何とか1週間を乗り越えることができました。

 

とりあえず会社は辞めない

 

 正月休み中には、会社辞めたところで、悩みは尽きないし、別の悩みが出て来るだけだと理解した瞬間もありました。

 

ただ、会社に残ろうと思ったのは、そう言った後ろ向きな理由ではなく、もう少し前向きな理由です。

 

というのも、ここで逃げ出してしまうのはやはりよくないということです。

 

振り返ってみると、確かに会社では失敗だらけでした。ですが、内定を電話で伝えられた時には、びっくりして電話の応対がまともに出来なくなるほど驚きました。そして、何よりうれしかったのも事実です。

 

そして、どんな仕事でもまずは挑戦を楽しみながら、積極的に学びを得ながら、頑張っていこうと心に決めた物でした。

 

それ以外にも色々な思い入れがあり、それから目を背けてフリーランスに逃げ込むというのは、私自身が自身の願望を捨ててしまうと感じています。それは、嫌だなぁと(軽いノリで)思っています。

 

このあたりの、私が辛い目に遭いながらもいまだに会社への思いを捨てきれずにいることについては、また別途記事にまとめたいと思います。これは、おそらく、ものすごく重要になってくると感じているからです。

 

ただ、そもそもの話として、私自身の目標は早期リタイアですし、中期的な人生計画の中で会社を辞めるという選択肢は確定してはいます。

ただ、それは、感情的な判断で辞めるのではなく、収入が会社の給料を越えてきたら、などの具体的な数値目標に基づく評価によって自動的に判断を行おうと思います。

 

今のところ、本当に本業と副業の収入で退職を決定するかは決めてはいませんが、おそらく、適切な判断を下すうえでの判断指標にはなると思っています。

 

心の安寧を求めて

 

そもそもで言うと、私がアーリーリタイアやセミリタイアを志したのは、会社勤めでの暮らしに精神的な安寧を感じられないと思っていたからです。

セミリタイアなら本当に安寧があるのかと言われると微妙ですが、少なくとも、セミリタイアできるだけの資産を構築しておけば、会社員を続けるにしても、多少は安心度が増します。

 

正直、心の安寧さえ得られるなら、他のことはどーだっていい、と思うようなところがあります。

 

究極的には「現状の自分でいいと思える」という安心感が欲しいというのが私の願いです。

 

私は常に「こんな自分じゃダメだ」と思い続けています。その思いが、行動を縛り、自罰的になることもあります。

「遊んでちゃダメだ」「旅行に出かける資格なんてない」と思わなくていいほど、自分を認められる、自分を肯定できる、そんな自分になりたいというのが「現状の自分でいいと思える」ということです。

 

 

ただ、一歩間違えると老害になってしまいます。現状を完全に肯定してしまうことは、停滞を促し、停滞は長期的に見ると退化にすら達します。

なので、「現状の自分でいいと思える」をはき違えることだけは避けたいと思っています。

 

この安心感は、おそらく自己肯定感や、コンフォートゾーン。何か失敗したりしても、死や破滅の恐怖を感じずに済むクッションを持ちたいということなのでしょう。

 

それを、現在の自分の力量に会った環境として求めることもできるでしょう(あんまりよくないとは思いますが)。毎月、何もしなくても暮らせるだけの収益を上げられるシステムや資産でもいいでしょう。あるいは、挑戦し続けられる強い心でもいいでしょう。

 

しかし、今は環境に対して明らかな力量不足、挑戦や勉強を続けられる気力もない。試算やシステムは、同じ世代の若者の中では比較的ある方だとは思いますが、安心できるレベルには到底及びません。

 

そのため、まずはこの3つをバランスよく追及していくこと。これをやっていくのが、私の根源的な欲求を満たすことにつながるのかな、と考えて、やっていこうと思います。

 

終わりに

 

心の安寧が欲しい。今の自分で十分何とかなると思えるようになりたい。それは結局、自己肯定感というありきたりな物でした。

 

足りない自己肯定感を他人に埋めてもらい、ガタガタの自信を作ろうと、他人をとにかく助けようと必死になったこともあります。

 

今は、少しだけ、自分の内面や環境、実力と向き合い、自分の根源的な欲求をかなえてやるから、と自分に言ってやろうと思います。