不器用人間の思考勉強お楽しみ

全然器用に生きられない私の真面目な事、勉強の事、お楽しみの事を書くために開設したブログです。

毎日のブログはその日の総復習

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ここ最近、雑記ブログを書き続けています。(と言ってもまだ4日目

しかし、早くもブログを書く時のネタの考え方が変わってきました。これは大変面白い事です。

 

1つの理由は、おそらく、今までとブログの記事の書き方を変えたということでしょう。

コーチングにおいては、自分を変えたいと思う時、まずは、自分の習慣をガラッと変えてしまうという方法があるそうです。私は、(意図的ではありませんでしたが)これを実践できたということかもしれません。

どういう風に変えたのかは、【毎日雑記】の記念すべき一日目の記事でたっぷりと書いておりますので、そちらを読んでください。

 

矜持を曲げて毎日の雑記投稿を開始します - 不器用人間の思考勉強お楽しみ

 

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ですが、そこは本日の本筋ではありません。

 

 

 

 

 

 

毎日の出来事のブログは「その日の脳内の再生」

 

【毎日雑記】ですが、その日にあったことを事細かに記述しているわけではありません。そんなことをしていたら、おそらくいつか、守秘義務に引っかかって首になります。

 

では、どういうことを書いているのかと言うと「その日に考えたこと」の総括のようなことを書いています。人間生きていれば、何かしらを考えています。

特に私の様に仕事が不出来で、何とか改善しようともがいている人間には、思考は必須事項です。

そうして、日々感じたことや、考えていたことを、もう一回まとめて、ブログの記事にしています。

 

「その日に考えたこと」だからといって、その日に考えたことすべてを一々書いているわけではありません。そんなことしていたら、昼食について長々と書くことになります。(私は結構メニュー選びに時間をかける方です


ちょっと前までは、「ブログを書こう」と思った時に、初めて、ブログに書く内容のことを考え始めました。

勿論、それ以外の時間でも「これネタにしよ」と思って、スマホのメモ等をしようしてはいました。

 

ですが、その日に、ごく自然に考えていたことをまとめて、記事にするということは一切していませんでした。そんなリアルタイム性の高いことは、ブログに書くべきではないと考えていたからです。

考えはやがて移ろうとはいえ、たった一日やっただけの行為を、さも世界の真理かのように記事にすることが、はばかられたのです。

 

ただ、その日、考えたことを、まだ脳内で処分されていないタイミングで、整理するというのは結構大事な事なんじゃないかと感じています。

 

それは、かつて学校で復習しろ、と言われたことを思い起こさせます。

 

頭の中で考えたことを、もう一回考え直して整理する。まさに復習という行為です。(そう考えると昔の私の復習がいかに情けない物か思い知らされます。このことはまた後程

 

こうして考えていると、今私が書いている雑記ブログとは
その日に考えたことを脳内で再生している
ような行為です

 


自分の考え不足を痛感

 

この雑記記事を書くことは「その日の考えの脳内再生」と述べました。

それは、今日、考えていなかったことを考え始めるわけではありません。

それは、今日、考えたこと(頭の中で作り出されたこと)を整理して、文字に起こすという行為です。

もちろん、その時点では全く考えていなかったことも、記事を書く時点で、思いついて、書いたりしています。

 

しかし、これも、既に頭の中にインプットされているもの(知識)だけで書いています。なので、何も考えていなかったり、今までと同じ事ばかり考えていると、即ネタ切れになります。

 

知識なんて言っても、私の物は断片な雑学が中心で、ある程度、その日に真剣に考えた記事の基礎が無いと、知識の出番がありません。

 

 

 

なので、ネタ切れにならないためにどうするかと言うと、普段から色々なことを考えておく必要があります。

今まで考えていなかったことを新しく考え始めるというわけです。

全く別のことでなく、同じことであったとしても、より深く考えることもよいでしょう。


こうなってくると、普段から、常にもう少し踏み込んで物事を考えようとします。そうでないと、本当にネタ切れになってしまうからです。

 

例えば、本を読むときや、ゲームをやる時にも、ブログに書けるよう考えを深めて作品に触れようとする、などです。

ブログを書くためにゲームをするなど、言語道断だと思うでしょう。私もそう思います。

 

ですが、あくまでブログはきっかけで「より深く考えて受け取る」姿勢を作る理由付けとして、ブログが活用できるのではないかと思っています。

 

そもそも、多くの人々は、小説などの解釈が甘いでしょう。小説などの考察にはただの考え過ぎ、妄想の産物というものもあります。ですが、妄想の産物を生みだせるほど情報をしっかりと受け取り、深く考えているというのはそれだけで「頭の良い人」なのではないでしょうか。

 

そうやって、色々なきっかけで色々なことを考えていけば、ネタも切れませんし、「頭を使う」ということ自体に慣れてくるような気がします。(どこまでいけるかは、本当のところ分かりませんが

 

ただ、毎日のことですから、確たる結論に到達する必要はないと思います。「今日はここまで考えた」でいいはずです。明日、別の結論に至ったなら「昨日はこうだったが、今日はこう思った」で構わないと思います。

 

昔の私は、「今日はここまで考えた」では許せず、結論に到達して、初めて記事にしようとしていました。

ただ、私の様に頭の動きがゆったりしている人は、結論にたどり着くまで、かなり長い時間がかかります。

そうなってくると、その間にあった紆余曲折をすべて忘れてしまいます。
「紆余曲折あって手に入れた」というエピソードが抜け落ちて、「結論が手に入った」ことだけが記憶に残ります。

 

実際、私は、サイトノベルと言うものの構築に多大な時間をかけていました。試行錯誤の連続で、何十時間もかけて調べた結果を、捨てて、別の方法に挑んだりと、苦しみ続けていました。

その苦しみは、最後に総括して、記事にしようと思っていました。

 

過程の段階で記事にするのは、昔の自分には嫌でした。まだ出来上がっていないのに、苦労だけを誇張するように記事にしてしまうことで、自己満足になってしまう気がしたからです。

ただ、そうしていると、いつの間にか、大半のことは忘れてしまいます。ごく当たり前のことです。しかし、それは困ったものです。

 

なので、睡眠前の、まだ頭の中で記憶が処分される前の段階で、能動的に頭を整理するために、ブログの記事をかいているというのが、今の私の状態です。

 

あなたも少しチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

終わりに

その日のうちに、自分が考えたことの一部を、復習し、整理する。それは、なかなか意義深いことだと思っています。

多少、論がぎこちないかも知れませんが、それが伝われば何よりです。

 

 

記事の内容とは関係ないのですが、どうにも内容に不安を感じております。

  • タイトルと内容が矛盾してないか?
  • 論の進みは変じゃないか?

そんな不安がちょっとずつあります。

とりあえずは、書いてしまえばOKで進めていますが、将来的にはこのあたりもしっかりと直さなければならないでしょう。

 

毎日書いている以上、リアルタイム感があるのはいいのですが、どうにもレビューが甘くなっているような気がします。

もともと、長い文章を論理的に書くのは得意な方ではありません。結構すぐに脱線してしまいがちです。

 

次からは、もう少し、大枠を決めて、そこから離れない様に記事を書いて行きます。

 

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